米の価格を下げるのには国内で増産するしかない
前回の記事では、「徐々に減ってきたお米の生産が、とうとう国民と外国人旅行者が必要としている量に足りなくなってきたのではないか」と言うことを農林水産省の統計より分析しました。
政府・農林水産省の言う通り、今はお米は足りているとしても、米の生産量が右肩下がりがトレンドなのですから、いつかは起こる出来事だったと思います。
足りなくなってきているとすれば、日本の米は危機的事態を迎えていると言っても過言ではないでしょう。
ここに至った原因をもう少し見ていきます。
ここに至った原因
長らくの減反政策・生産調整で米の生産量は減少
第二次大戦後の荒廃から高度成長期にかけて、日本の人口は急増していきます。それに対して米の生産、増産が追い付かず、食糧不足の時期が続きました。
しかし、1970年代に入ると人口増に米の生産が追い付き、逆に余るという現象が起こりだしました。当時は米は農家から政府が買取り、業者に卸して国民に販売するという食糧管理制度でした(「食管制度(しょっかんせいど)」とよく約されました)。
政府は米が余らないように生産の調整を始めます。それが減反制度と呼ばれるものです。稲作をやめて、畑作に切り替えるというものです。小麦などの生産が推奨されました。減反政策は2017年に終了しますが、米の生産を減らす生産調整は現在まで続けられてきました。
米の生産を抑制することを政府は推奨してきたのですから、米の生産は減り、農家・作付け面積が減り続けるのは無理もないことです。
また、このような経過があるから米は増産するのは大変なのです。
人口が減少し、高齢化が進み、米の消費量が減少
日本の人口は2008年に減少に転じます。人口が減り、高齢化が進むのですから、米の消費量が減ってきました。
また、日本人の食事の欧米化がすすんだことにより、米の消費量が減少したことも指摘する論者もいます。
日本は海外との貿易交渉の中で農業を譲歩してきた
日本は戦後、高度成長期あたりから海外、特にアメリカとの貿易摩擦問題がありました。日本の工業製品の輸出が多く、多くの貿易相手国が対日貿易赤字(日本は貿易黒字)を抱えていました。
その貿易赤字の穴埋めを求められ、日本は工業製品の輸出(特に自動車)の輸出を減らすわけにはいかないので、関税の引き下げなどで農産物の輸入拡大を進めてきました。そのなかにコメもあります。
最近、「ミニマムアクセス米」と呼ばれる米があるのをメディアなどで聞いた方もおられると思います。海外から輸入を義務付けされている米です。
海外ではジャポニカ米はあまり多く作られていないので安価なコメが大量に国内に入ってくるということにはなっていません。
日本政府は米国に農業分野を譲歩してきたにもかかわらず「トランプ関税」を通告された
政府は工業製品、特に自動車産業を「雇用を守らなくてはいけない」という論理で、米作など国内農業が不利になる交渉を進めてきました。このことは国内の農家に、農業という産業の「先行きの暗さ」「政府は国内農業は重視していない」というシグナルになってきました。
そして、そこまで日本政府は貿易交渉で国内農業を犠牲にして交渉してきた経過がある中で、米国トランプ大統領は「トランプ関税」として日本の自動車に高関税をかけると言い出したのですから、日本の農家の脱力感は半端なものではないでしょう。
日本政府がトランプ大統領との交渉の中でコメの輸入を言い出して、農業関係者から批判の声が上がったのもこのロジックから考えれば理解できます。
どうすればコメの値段は下がるのか? いくつかの例を検討してみる
前回の論考では、令和7年産も米の生産がコロナ前を回復できていない見通しであり、その需給ギャップで、価格が急高騰していると論じてきました。コメの供給が「不足気味」であることが明白なので、価格が「上がる」というよりも「劇的に高騰した」と考えられます。
根本的には日本のコメの収穫量を増やすしかないと思うのですが、政府農水省の推計の言い分も一理あります。それは日本の人口が今後も減少していくということです。
とはいえ、今のコメの価格の高騰での一般家計での負担増は耐えがたいものはあります。現状としては米の量のパイは限られているわけですから、できる策を考えてみたいと思います。
①長い視点で―コメを増産する
「足りなくなってきているのだから作ればいい」これはもっともな意見であり、おそらくそうするのが正解なのだと思います。
しかし、水田は簡単にもとには戻せません。普通の畑なら雨が降っても水は次第に土にしみこんで無くなってしまいますが、水田はずっと水が張ったままです。これは保水力のある土が使われているからで、畑などに転用するためにこれを崩してしまうと元に戻すのは大変になります。
それだけ手間がかかるのですから、維持するのも大変なわけです。
そして、コメは今、足りなくなって高騰していますが、日本の人口は減少していっているので、また余りだすやもしれません。
つまり初期投資はかかるが先は見通せないということです。事業としてやるならリスクは背負うものの確実に利益が出る、出続ける見通しがなければ、経営者は事業参入はしません。
今、新規に就農(農業を始める)していっている人たちたちは人一倍、農業が好きで、米作りが好きだという人たちだと思います。しかし、これからの時代、主食としてのコメの生産を担ってもらっていくと考えると、相当高いモチベーションと能力を持った人たちだけでは日本の人口分のコメの生産はより難しくなっていくでしょう。
零細な米作農家がどんどん引退していく中で、日本人の主食の国産を守るために、今後、かなり数の新規就農者、事業者が必要です。
とすれば、農業が、米作が普通に「儲かる」「利益が出せる事業」であり、その状態が中期的、長期的に続く必要があります。「普通の人」が「普通の仕事として」、事業・開業として農業に取り組めるようにしていくことが必要です。
つまり、農業が競争はありつつ「普通に儲かる」「普通にやっていける」産業にならないといけません。
今は、他のビジネス分野もそうですが「相当、人並み離れた努力と才能、そして運がないと事業は成功できない」といった感じの言説をよく聞きます。常人離れした人、人並み外れた能力を持った人でないと経営はやっていけないということです。
農業ですと例えば特殊な、高級な作物を植えて成功するというのはそうでしょう、桁外れな能力が必要でしょう。
しかし、日本の人口分、米は大量に必要です。「選ばれし者」「特殊な能力を持った人」しか米作りで事業をやっていけないなら、参入する人は少なくなるでしょう。
「普通の人が普通に、まじめに努力していけば十分に生活していける」
米作りがこういう環境、こういう産業でないと、今後、さらに急角度で米作農家は減少していくことになるでしょう。
と、なると付刃では太刀打ちできない状態にあることがわかります。コメの値段は何とかしなければなりませんが、政治の世界も国民も検討する時間、年月が必要だと思います。
②強制的に値段を下げる―配給制的な制度ー現実にはあり得ない
コメの需要と供給がひっ迫している間は米の値段は上下はありながらも高い水準を上下するでしょう。
それを無理やり安くするのには政府が大規模に関与する必要があります。
例えば国民全員にコメが一定の価格で買うことができる「クーポン」を発行するなどです。また、公定価格を決めてしまうなど。手法はさまざま考えることができますが、強制的な手法はマイナス効果が大きく(生産者の工夫など意欲の減退、消費者の選択の幅が狭まるなど)、実行されたとしても一時的な策となるでしょう。
③需要を減らす―自然減以外は難しい
供給量が足りない状況なのですから、「供給が増やせない」とすれば「需要を減らす」という策が論理的に導かれます。例えば、コメの供給を家庭用米を優先させるとか、外国人観光客への供給を絞るなどです。しかし、これは外食産業の死活問題になるので実施しない方がいいでしょう。また、外国人観光客への食糧の供給をなくすという手段をとれば外国人差別として国際人権問題に発展するかもしれません。
また、日本人のコメの消費量を減らすという手段が考え得ます。日本人の食の欧米化をもっと進めるなど。しかし、日本人の文化の否定であり現実的には考えられません。この間、2倍以上に価格が高騰した状態でも日本人は米を食べるのですから、あえて米食を減らすというのは、現実的な日本人の食糧の選択を無視した政策であり、失敗するでしょう。
④米を輸入する。海外で日本人の好むジャポニカ米の生産を推進する
国内生産で足りないのでしたら輸入するという手段があります。しかし、現在、海外では日本人の好むジャポニカ米(短粒種)はあまり生産されていません。
しかし、たとえ、海外で日本人が好む品種の生産が拡大しようとも、食糧自給率を上昇させる観点では輸入の拡大は一時的にはあり得ても、通常の生産のあり方としてはすべきではないでしょう。
お米は増産するしかない
以上みたように供給が足りないとすれば増産するしか手はないことになります。
しかし、米の価格、政府の態度が先行きが不透明では、国民の主食をまかなうほどの量の生産ができるだけ農家、農業就業者を集めることはできないでしょう。
多少余っても、政府がなんとかする(価格の安定化、所得の安定化、さらなる米食の推進など)必要があります。
そういった観点では例えば、学校給食で米飯給食をよりスタンダードにしていくことも必要です。
食糧生産、特に主食の生産はこれからの世界情勢では非常に重要
世界人口はまだ増えていますが、一方で地球温暖化の影響などによる砂漠化などで農地の減少が危ぶまれています。現在でも十分に食料が行きわたらない人口が世界で何億人もいます。
日本での消費に対して少し足りないか、ぎりぎりの量を生産していては、これからの食糧難の時代には心もとなさ過ぎます。世界的に農業生産量を増やさないといけないときに、輸入に頼ることを前提にコメの生産を考えるということは、日本国内外で他の国、例えば貧しい国向けの食糧生産の機会を奪うことになります。
これまで十分、自給してきた実績があるのですから、今後も十分自給できるよう手を打つ必要があります。
米作農家が増える、農地が増やせる政策が必要です
コメの生産に参入しても十分にやっていける策を政府には考えていただきたいと思います。
しかし、それは大規模化一辺倒ではいかがなものかと思います。
農業の大規模化は明るい側面ばかりではないので、そのことに関してはまた機会があれば書きたいと思います。
端的に言えば農業経営が低賃金労働の温床となり「ワーキングプア」をさらに生み出す産業になってはいけないということです。
1戸あたりの平均耕作面積は増加した方がいいとは思います。
こうなるのはわかっていたのではないか
前回の記事でコメの生産量と消費量の推移を見ました。この数字のトレンドを見る限り、インバウンドという新たな要因を含めれば、今年あたりで供給不足になりうるのはわかるはずです。
しかし、それは「確実でない」。
しかも米の増産となれば政策的にも大転換ですし、大きな予算の獲得が必要になります。なので政府・農林水産省は米政策は変えられなかったのかもしれません。
もし、この数年前に農林水産省が「米の増産が必要だ」と言い出していれば政府と世論の中でその意見が通っていたでしょうか。それは難しかったかもしれません。
ならば、供給不足に陥ったら政府も国民もわかると…思った、ということも考えられると言えば考えられるわけです。
そうではないと信じてはいますが。
過去、農家に対して優遇的な政策がとられていると都市部を中心に世論的には農業には政策としては厳しい目が向けれれてきました。そして、今回の米騒動でそうではないとみられてきたのだと思います。
起こるべきして起こったのかもしれませんが、世論に反する政策は反発を招きます。今回の米騒動で農業家と非農業者、特に都市部住民との間で相互理解が得られたと思います。
- 都市部住民は農家が米作をやっていけないとやめていくため米の生産量が増えない現状を知り
- 農家は想像以上に都市部住民が日本産のお米が好きだったことを知った。
ということだと思います。
相互理解がすすんだなら、今後の米政策の転換と進展もすすめられると思います。
一方で、米の輸入に大きく舵を切り、米国トランプ大統領との「トランプ」関税への交渉につなげようという意図がもしあれば(あるとは言わないでしょうが)、狡猾としか言えません。
私たちはこれからの日本にとって大変大きな転換点に立ったと言えます。


